会社員が病気で1か月休んだら、健康保険から傷病手当金が出ます。給与のおよそ3分の2が、最長1年6か月。多くの人はこれを「当たり前にあるもの」だと思っています。
独立すると、それが当たり前ではなくなります。しかも個人事業主とマイクロ法人で、扱いが変わります。
この記事は、病気で働けなくなったときに何が残るのかを、条文と協会けんぽの一次資料から整理したものです。
この記事は制度の一般的な解説です。個別の受給可否は、加入している健康保険の保険者(協会けんぽ・健保組合)やお住まいの市区町村にご確認ください。 当サイトは申請の代行・手続きの代理は行いません。
法律が同じ条文の中で書き分けている
いちばん分かりやすいのは、国民健康保険法の第58条です。同じ条文の第1項と第2項を並べて読んでください。
第五十八条 市町村及び組合は、被保険者の出産及び死亡に関しては、条例又は規約の定めるところにより、出産育児一時金の支給又は葬祭費の支給若しくは葬祭の給付を行うものとする。
2 市町村及び組合は、前項の保険給付のほか、条例又は規約の定めるところにより、傷病手当金の支給その他の保険給付を行うことができる。
出産育児一時金は「行うものとする」。傷病手当金は「行うことができる」。
この一語の差が、必須の給付と任意の給付の差です。そして任意給付である傷病手当金を、実際に条例で常設している市区町村国保はほとんどありません。
つまり——
国民健康保険には、傷病手当金が事実上ありません。
個人事業主が病気で3か月寝込んだら、その3か月の収入はゼロになります。売上が止まるだけでなく、代わりに入ってくるものが何もない。これが独立して最初に消える保障です。
マイクロ法人の役員には、ある
一方、法人を作って自分に役員報酬を払っているひとり社長は、健康保険(協会けんぽ等)の被保険者です。会社設立後の手続きで見たとおり、役員報酬を払うなら社会保険は強制加入でした。
健康保険の被保険者である以上、傷病手当金の対象になります。
これは補助金の税金で見た「個人事業主は圧縮記帳ではなく総収入金額不算入」と同じ形——個人か法人かで、使える制度そのものが変わるという当サイトの中核テーマです。ただし今回は名前が違うのではなく、片方には無いという、より厳しい差です。
支給の条件は4つ
協会けんぽが挙げる要件は次の4つです。
| 要件 | |
|---|---|
| (1) | 業務外の事由による病気やケガの療養のための休業であること |
| (2) | 仕事に就くことができないこと |
| (3) | 連続する3日間を含み4日以上仕事に就けなかったこと |
| (4) | 休業した期間について給与の支払いがないこと |
金額は標準報酬月額をもとに日額が決まり、支給期間は支給を開始した日から通算して1年6か月です(令和4年1月から「通算」に変わりました。途中で復帰した期間は計算に入りません)。
(3)の待期3日間には有給休暇も土日祝も含まれます。協会けんぽは「給与の支払いがあったかどうかは関係ありません」と明記しています。ただし連続していることが条件で、2日休んで3日目に働くと成立しません。
ひとり社長にとっての落とし穴は(4)
ここが、この記事でいちばん注意してほしいところです。
(4) 休業した期間について給与の支払いがないこと。
会社員なら、休めば給与が止まるので自然に満たされます。ところがひとり社長の役員報酬は、法人税法上、毎月同額を払い続ける(定期同額給与)のが原則です。病気で休んでも役員報酬が振り込まれ続けていれば、傷病手当金は支給されません。
業務外の事由による病気やケガで休業している期間について生活保障を行う制度のため、給与が支払われている間は、傷病手当金は支給されません。ただし、給与の支払いがあっても、傷病手当金の額よりも少ない場合は、その差額が支給されます。
つまり「法人にしたから傷病手当金がある」だけでは足りません。実際に受け取るには役員報酬を止める(または減らす)必要があり、その判断は法人税の定期同額給与のルールと隣り合わせです。期中に役員報酬を動かすことには税務上の論点があるため、ここは税理士と社労士に相談すべき領域です。
「制度としてはある。ただし自動的には出ない」——これが正確な理解です。
5人未満の会社にだけ用意された例外
もうひとつ、ひとり社長に直接効く条文があります。
健康保険法53条の2は、法人の役員が「役員としての業務」で病気やケガをした場合、健康保険からは給付しないと定めています。役員は労働者ではないので労災保険の対象でもありません(特別加入という別枠はあります)。放っておくと、役員は労災と健保のはざまに落ちます。
ところが、この条文には括弧書きの除外があります。
…当該被保険者又はその被扶養者のその法人の役員としての業務(被保険者の数が五人未満である適用事業所に使用される法人の役員としての業務であって厚生労働省令で定めるものを除く。)に起因する疾病、負傷又は死亡に関して保険給付は、行わない。
「厚生労働省令で定めるもの」の中身は、施行規則52条の2にこうあります。
法第五十三条の二の厚生労働省令で定める業務は、当該法人における従業員(同条に規定する法人の役員以外の者をいう。)が従事する業務と同一であると認められるものとする。
読み解くとこうなります。被保険者5人未満の会社の役員が、従業員と同じ仕事をしていて、その仕事が原因で病気やケガをしたときは、健康保険の給付対象になる。
従業員0〜5人のひとり社長・マイクロ法人は、まさにこの例外の対象です。現場に立つ小さな会社の社長が、労災と健保のはざまに落ちないように置かれた条文といえます。
ただし、この例外で出るのは治療費です。傷病手当金は出ません
ここは間違えやすいので、はっきり書きます。
この取扱いのもとになった厚生労働省の通知は、傷病手当金だけを切り出して別扱いにしています。
業務遂行上の過程において業務に起因して生じた傷病については、小規模な法人の代表者等は、一般的には事業経営につき責任を負い、自らの報酬を決定すべき立場にあり、業務上の傷病について報酬の減額等を受けるべき立場にない。 こうしたことも踏まえ、法第108条第1項の趣旨にかんがみ、法人の代表者等が、業務遂行上の過程において業務に起因して生じた傷病については、傷病手当金を支給しないこと。
つまり5人未満の会社の社長が仕事中のケガで働けなくなった場合、
- 治療費(療養の給付)→ 健康保険から出る
- 休んでいる間の生活費(傷病手当金)→ 出ない
という形になります。この穴を埋める手段が労災保険の特別加入で、そちらはひとり社長は労災に入れるのかにまとめました。
なお、業務外の病気やケガ(この記事で扱ってきた通常のケース)であれば、傷病手当金は本来どおり支給対象です。
では個人事業主はどうすればいいか
国保に傷病手当金が無い以上、埋める方法は制度の外にあります。
- 就業不能保険・所得補償保険(民間の保険。当サイトは保険の募集・仲介を行わないため、商品の推奨はしません)
- 小規模企業共済の契約者貸付——共済金そのものではなく、掛金の範囲内で借りる仕組み
- 経営セーフティ共済——ただしこれは取引先の倒産に備える制度で、自分の病気は対象外です
- 手元資金——結局のところ、傷病手当金の代わりは現金です
そして法人成りを検討する材料のひとつにもなります。個人事業主とマイクロ法人のどちらで始めるかは税負担で語られがちですが、社会保険料が上がる代わりに傷病手当金と出産手当金が付いてくるという側面があります。保険料は「取られるもの」ではなく、この保障の対価でもあります。
まとめ
| 個人事業主(国保) | マイクロ法人の役員(協会けんぽ等) | |
|---|---|---|
| 傷病手当金 | 事実上なし(国保法58条2項の任意給付) | あり(健康保険法の給付) |
| 出産育児一時金 | あり(同条1項の必須給付) | あり |
| 支給期間 | — | 支給開始日から通算1年6か月 |
| 受け取るための条件 | — | 休業期間に報酬が支払われていないこと |
| 役員業務が原因の傷病 | — | 治療費は被保険者5人未満なら対象。傷病手当金は出ない |
独立して最初に消える保障が傷病手当金で、それを取り戻す方法のひとつが法人化です。ただし法人にしただけでは自動的に受け取れません。役員報酬を止める判断とセットになっていることまで理解して、はじめて「ある」と言えます。
病気・ケガ・出産・失業・学び直しまで含めて「会社を辞めると何が消えるのか」を1枚の表にしたものがひとり社長のセーフティネット全体図です。国の制度の全体像はひとり社長が使える国の制度 全体マップにまとめています。
よくある質問
個人事業主は傷病手当金をもらえますか?
市区町村の国民健康保険では、傷病手当金は国民健康保険法58条2項の任意給付とされており、条例で常設している自治体はほとんどありません。そのため事実上受け取れないのが実情です。加入している国保組合によっては独自に給付を設けている場合があるため、ご自身の保険者にご確認ください。
マイクロ法人の役員でも傷病手当金は出ますか?
役員報酬を受けて健康保険の被保険者になっていれば、対象になります。ただし支給要件の一つに「休業した期間について給与の支払いがないこと」があるため、休んでいる間も役員報酬が支払われていると支給されません。役員報酬を止める判断は法人税の定期同額給与とも関わるので、税理士・社労士にご相談ください。
待期の3日間に土日や有給は含まれますか?
含まれます。協会けんぽは、待期には有給休暇や土日・祝日等の公休日も含まれ、給与の支払いがあったかどうかは関係ないと説明しています。ただし休んだ日が連続して3日間なければ待期は成立しません。
社長が仕事中にケガをした場合、健康保険は使えますか?
治療費については使える場合があります。法人の役員としての業務が原因の傷病は原則として健康保険の給付対象外ですが、健康保険法53条の2の括弧書きにより、被保険者の数が5人未満の事業所の役員が従業員と同一と認められる業務に従事していた場合は対象になります。ただし厚生労働省の通知により、この場合でも傷病手当金は支給されません。休業中の所得補償を求めるなら労災保険の特別加入を検討することになります。
免責と一次ソース
この記事は制度の一般的な解説です。実際の受給可否や金額は個別の事情によって変わります。具体的な判断は加入先の保険者・年金事務所・社会保険労務士にご確認ください。 当サイトは申請の代行・事務代理、および保険商品の募集・仲介は行いません。