会社員が病気で1か月休んだら傷病手当金が出ます。仕事中にケガをすれば労災。会社を辞めれば失業給付。産休には出産手当金。これらは申請すれば出るものであって、存在するかどうかを疑う対象ではありませんでした。
独立すると、これが制度ごとにバラバラに消えます。全部消えるわけでも、全部残るわけでもない。しかも個人事業主とマイクロ法人の役員で消え方が違い、片方にしかないものがあります。
この記事は、その全体図を1枚にまとめたものです。個別の解説記事へのハブとして使ってください。
この記事は制度の一般的な解説です。個別の受給可否や手続きは、加入している保険者・年金事務所・ハローワーク・お住まいの市区町村にご確認ください。 当サイトは申請の代行・事務代理、および保険商品の募集・仲介は行いません。
全体図
| 会社員 | 個人事業主 | マイクロ法人の役員 | |
|---|---|---|---|
| 病気で働けない(傷病手当金) | ○ | ✕ | △ 報酬を止めれば |
| 仕事中のケガ(労災) | ○ | ✕ → 特別加入 | ✕ → 特別加入 |
| 出産の一時金(出産育児一時金) | ○ | ○ | ○ |
| 産休中の所得(出産手当金) | ○ | ✕ | △ 報酬を止めれば |
| 育休中の所得(育児休業給付) | ○ | ✕ | ✕ |
| 産休・育休期間の保険料免除 | ○ | ○(国民年金。育児分は2026年10月〜) | ○(厚生年金・健保。制度が別) |
| 失業したとき(基本手当) | ○ | ✕ | ✕ |
| 学び直し(教育訓練給付) | ○ | △ 離職から1年 | △ 離職から1年 |
| 退職金 | 会社次第 | 小規模企業共済 | 小規模企業共済 |
| 老後の年金 | 厚生年金 | 国民年金+上乗せ | 厚生年金 |
以下、行ごとに「なぜそうなるのか」を見ていきます。
病気で働けないとき
個人事業主には傷病手当金がありません。 国民健康保険法58条は、同じ条文の第1項で出産育児一時金等を「行うものとする」、第2項で傷病手当金を「行うことができる」と書き分けています。第2項は任意給付で、条例で常設している市区町村はほとんどありません。
マイクロ法人の役員にはあります。 健康保険の被保険者だからです。ただし条件があり、休業期間に役員報酬が支払われていると支給されません(健康保険法108条1項)。法人にしただけでは自動的に受け取れないのがポイントです。
仕事中のケガ
どちらも労災の対象外です。 労災保険は「労働者」の制度で、個人事業主本人も法人の役員も労働者ではありません。
そして厄介なことに、健康保険も原則として使えません(業務上の傷病は健保の対象外)。労災と健保のはざまに落ちる構造です。
これを部分的に埋めているのが健康保険法53条の2で、被保険者5人未満の会社の役員が従業員と同じ仕事でケガをした場合は健保の対象になります。ただし出るのは治療費だけで、傷病手当金は出ません(厚生労働省の通知が明記)。
穴を本当に埋めるなら労災の特別加入です。従業員がいれば「中小事業主等」の枠、いなければ2024年11月に始まった「特定フリーランス事業」の枠。後者は業種・職種を問わず、一人法人の代表者も対象です(フリーランス新法2条1項2号)。
出産・育児
ここは4つの制度に分かれ、割れ方が複雑です。
- 出産育児一時金:どちらにもあります(国保法58条1項の必須給付)
- 出産手当金:個人事業主には無し。法人役員はあり(産前42日・産後56日)。ただし傷病手当金と同じく、報酬が出ていると支給されません(健保法108条2項)
- 育児休業給付:どちらにも無し。雇用保険の給付だからです
一方、保険料を払わなくてよくなる制度は両側にあります。国民年金の産前産後免除(2019年4月〜、4か月・多胎6か月)は、通常の免除と違って将来の年金額が減りません。法人側にも産前産後休業・育児休業等期間の保険料免除があり、こちらは事業主負担分も免除されます。
そして2026年10月から、国民年金の育児免除が始まります。1歳まで最大12か月、所得要件なし、父母ともに対象。厚生労働省の資料によれば、これは「自営業者やフリーランス・ギグワーカー等に対する育児期間中の給付の創設」という議論から生まれた制度です。育休給付が無い穴を、給付ではなく免除で埋めにきた形になっています。
失業したとき
どちらにもありません。 雇用保険法4条1項がその理由です。
この法律において「被保険者」とは、適用事業に雇用される労働者であつて、第六条各号に掲げる者以外のものをいう。
「雇用される労働者」が定義です。個人事業主本人も法人の代表者も、雇われている側ではないので入口に立てません。事業がうまくいかなくなっても、基本手当(いわゆる失業保険)は出ません。
これは廃業を考えるときに効いてくる前提です。会社員の転職と違い、収入が完全にゼロになる期間を自力で持ちこたえる必要があります。
学び直し
教育訓練給付には、独立後も使える期間があります。 ただし期限付きです。
在職中の被保険者に加え、離職日の翌日から1年以内であれば離職者も対象になります。会社を辞めて独立した直後の人は、まだ権利を持っています。
問題は、この1年を延長する事由が妊娠・出産・育児・疾病・負傷などに限られていて、「独立して忙しい」は含まれていないことです。独立直後は学び直しを後回しにしがちですが、後回しにすると権利のほうが先に消えます。
なお事業主向けの助成金(人材開発支援助成金など)は「雇用する被保険者」に訓練を受けさせる制度なので、従業員0人では申請の前提を満たしません。
退職金と老後
ここは自分で作る領域です。会社員の退職金も法律で義務づけられたものではないので、実は「消える」というより「元から会社任せだった」と言うほうが正確かもしれません。
- 退職金:小規模企業共済。個人事業主も法人役員も加入できます
- 老後の年金:個人事業主は国民年金だけだと薄いので、付加年金・国民年金基金・iDeCoで上乗せする。法人で役員報酬を払えば厚生年金に入ります
- 小規模企業共済とiDeCoの併用:できます。ただし個人か法人かで枠が3倍違います
- 取引先の倒産:経営セーフティ共済。ただし自分の病気は対象外です
全体を通して見えること
7つ並べると、消え方に3つのパターンがあることが分かります。
① 制度が「雇う側と雇われる側」を前提にしているもの 失業給付、育児休業給付、人材開発支援助成金、労災。ひとり社長はその両方を兼ねているので、構造的に外れます。法人にしても戻ってきません。
② 健康保険に付いているので、法人化で戻るもの 傷病手当金、出産手当金。ただし役員報酬を止めることが受給の条件になるため、「あるけど自動では出ない」状態です。
③ 国民年金・国保の側にあり、個人事業主向けに用意されているもの 産前産後免除、育児免除(2026年10月〜)、国保料の減額。法人役員は第1号被保険者ではないので、これらの制度自体の対象ではありません。
ただしここは「失う」とは言えません。 法人側にも産前産後休業・育児休業等期間の保険料免除があり、健康保険・厚生年金の保険料が被保険者と事業主の両方の負担とも免除され、年金額の計算では保険料を納めた期間として扱われる点まで国民年金側と同じです。制度の名前と手続きが違うだけで、対応するものは両側にあります。
つまり「法人にすれば全部良くなる」わけではないが、「法人にすると③を失う」わけでもありません。①は法人化しても戻らず、②は法人化で戻り、③は名前を変えて両側にある——有利不利は制度ごとに逆転するというのが正確なところです。個人事業主とマイクロ法人のどちらで始めるかは税負担で語られがちですが、この表も判断材料になります。
そして①は、どちらを選んでも埋まりません。特別加入・共済・民間保険・手元資金といった、制度の外側の手段で備えることになります。
補助金・共済・年金・融資まで含めた国の制度の全体像はひとり社長・マイクロ法人が使える国の制度 全体マップに、いま募集中の補助金は当サイトのデータベースにまとめています。
よくある質問
法人にすれば、会社員のときと同じ保障に戻りますか?
戻りません。傷病手当金と出産手当金は健康保険の給付なので法人化で使えるようになりますが、失業給付・育児休業給付・労災は雇用される労働者を前提とした制度なので、法人の代表者になっても対象外のままです。一方で産休・育休期間の保険料免除は、国民年金と厚生年金それぞれに用意されているため、法人化しても失いません。制度ごとに有利不利が入れ替わります。
独立して最初に確認すべきものはどれですか?
会社を辞めた直後であれば教育訓練給付です。離職日の翌日から1年以内という期限があり、独立を理由とした延長は認められていません。あわせて、仕事中のケガに備える労災の特別加入と、傷病手当金の有無を踏まえた手元資金の確保を検討することになります。
個人事業主のほうが有利な制度はありますか?
国民健康保険料の出産にあたっての減額は、国保加入者向けの仕組みです。国民年金の産前産後免除と2026年10月から始まる育児免除も第1号被保険者向けですが、法人側にも産前産後休業・育児休業等期間の健康保険・厚生年金保険料の免除があり、年金額の計算で保険料を納めた期間として扱われる点は同じです。制度の名前と手続きが違うだけで、保険料免除そのものは両側にあります。
失業給付がないと、廃業したときはどうなりますか?
雇用保険の基本手当は受け取れません。雇用保険法4条1項が被保険者を「適用事業に雇用される労働者」と定義しており、事業主本人や法人の代表者は該当しないためです。収入が途切れる期間を自力で持ちこたえる前提で、小規模企業共済や手元資金の準備を考えることになります。
免責と一次ソース
この記事はシリーズ各記事の要約です。各制度の詳細な要件・根拠条文は、リンク先の個別記事と一次ソースをご確認ください。 実際の受給可否は個別の事情によって変わります。