「独立したら産休も育休もない」——大枠では合っていますが、正確ではありません。
出産・育児をめぐる公的な支援は4つの別々の制度でできていて、ひとり社長の場合、制度ごとに対象が割れます。しかも個人事業主とマイクロ法人の役員で、割れ方が逆になるものもあります。
そして2026年10月から、自営業・フリーランスのために作られた新しい免除制度が始まります。この記事を書いている時点で、施行まで2か月足らずです。
この記事は制度の一般的な解説です。個別の受給可否や手続きは、加入している保険者・年金事務所・お住まいの市区町村にご確認ください。 当サイトは申請の代行・事務代理は行いません。
結論を先に:4つの制度と、その割れ方
| 制度 | 個人事業主 | マイクロ法人の役員 |
|---|---|---|
| 出産育児一時金(一時金) | あり | あり |
| 出産手当金(休業中の所得) | なし | あり(ただし条件あり) |
| 育児休業給付(育休中の所得) | なし | なし |
| 保険料の免除(年金・健康保険料) | あり | あり(産休期間) |
「もらえるお金」で見ると法人役員が有利ですが、「払わなくていいお金」では個人事業主にも制度があります。順に見ていきます。
① 出産育児一時金は、どちらにもある
これは傷病手当金の記事で引用した国民健康保険法58条の第1項です。
第五十八条 市町村及び組合は、被保険者の出産及び死亡に関しては、条例又は規約の定めるところにより、出産育児一時金の支給又は葬祭費の支給若しくは葬祭の給付を行うものとする。
「行うものとする」=必須の給付です。健康保険側にも同じものがあります(健康保険法101条)。
出産という一時的な出費については、個人事業主も法人役員も同じ扱いです。
② 出産手当金は、法人役員にしかない
一方、休業中の所得を補う出産手当金は、同じ58条でも第2項に置かれています。
2 市町村及び組合は、前項の保険給付のほか、条例又は規約の定めるところにより、傷病手当金の支給その他の保険給付を行うことができる。
「行うことができる」=任意給付。実際に条例で常設している市区町村国保はほとんどありません。傷病手当金とまったく同じ構造です。
健康保険側の出産手当金は、条文がはっきりしています。
被保険者が出産したときは、出産の日(出産の日が出産の予定日後であるときは、出産の予定日)以前四十二日(多胎妊娠の場合においては、九十八日)から出産の日後五十六日までの間において労務に服さなかった期間、出産手当金を支給する。
産前42日・産後56日。多胎なら産前98日です。
ここでも役員報酬が壁になります
傷病手当金の記事で書いた落とし穴が、出産手当金にもそのまま当てはまります。条文は同じ108条の、今度は第2項です。
2 出産した場合において報酬の全部又は一部を受けることができる者に対しては、これを受けることができる期間は、出産手当金を支給しない。 ただし、その受けることができる報酬の額が、出産手当金の額より少ないときは、その差額を支給する。
産休の間も役員報酬を毎月同額払い続けていれば、出産手当金は出ません。法人にしただけでは自動的に受け取れない——ここも傷病手当金と同じです。
③ 育児休業給付は、どちらにもない
産後56日が終わると、出産手当金も終わります。会社員ならそこから育児休業給付(雇用保険)に切り替わりますが、ひとり社長にはこの切り替え先がありません。
理由はリスキリングの記事や労災の記事で繰り返し出てきたものと同じです。雇用保険は労働者の制度であり、個人事業主本人も法人の役員も被保険者ではないからです。
個人事業主でもマイクロ法人でも、ここは同じく空白です。
④ ただし「払わなくていい」制度は個人事業主側にある
もらう側だけを見ると個人事業主に厳しいのですが、保険料の免除を見ると景色が変わります。
国民年金の産前産後免除(2019年4月〜)
免除期間は、出産予定日又は出産日が属する月の前月から4か月間(多胎妊娠の場合は、出産予定日又は出産日が属する月の3か月前から6か月間)の国民年金保険料が免除されます。
重要なのは、単に払わなくていいだけではないことです。
産前産後期間の免除制度は、「保険料が免除された期間」も保険料を納付したものとして老齢基礎年金の受給額に反映されます。
通常の免除(申請免除・納付猶予)は将来の年金額が減りますが、産前産後免除は減りません。しかも付加保険料は引き続き納付できます。
ただし自動では適用されません。市区町村への届出が必要で、出産予定日の6か月前から出せます(出産後の届出も可能)。
国民健康保険料の減額
国民健康保険側にも、出産する被保険者の保険料を減額する仕組みがあります。根拠は国民健康保険税なら地方税法です。
3 市町村は、国民健康保険税の納税義務者又はその世帯に属する被保険者が出産する予定の場合又は出産した場合には、政令で定める基準に従い当該市町村の条例で定めるところにより、当該納税義務者に対して課する所得割額、被保険者均等割額及び十八歳以上被保険者均等割額を減額するものとする。
減額の具体的な期間や額は市区町村の条例で決まるので、お住まいの自治体の国民健康保険窓口で確認してください。年金と同じく、届出が要ります。
そして2026年10月、自営業のための新しい免除が始まります
ここがこの記事でいちばん新しい話です。
育児期間中の経済的な給付に相当する支援措置として、子を養育する国民年金第1号被保険者(20歳以上60歳未満の自営業者、農業者、学生、無職の方)について、その子が1歳になるまでの期間に係る国民年金保険料の納付を免除される制度が令和8年(2026年)10月から新たに始まります。
この制度は、まさにひとり社長・フリーランスのために作られたものです。厚生労働省の事務連絡が経緯を明かしています。
「自営業者やフリーランス・ギグワーカー等に対する育児期間中の給付の創設についても、子育て期の就労に関する機会損失への対応という観点から、検討を進めるべきである」(全世代型社会保障構築会議報告書)
「自営業・フリーランス等の育児期間中の経済的な給付に相当する支援措置として、国民年金の第1号被保険者について育児期間に係る保険料免除措置を創設することとする」(こども未来戦略・令和5年12月22日閣議決定)
つまり③で見た「育児休業給付が無い」という穴を、給付ではなく免除の形で埋めにきた制度です。
中身
| 対象 | 1歳になるまでの子を養育する国民年金第1号被保険者の実父母・養父母 |
| 要件 | ①子と親子関係が継続 ②子と同一住所。所得要件なし |
| 期間(実父・養父母) | 養育することとなった日の属する月から1歳の誕生日の前月まで最大12か月 |
| 期間(産前産後免除がある実母) | 産前産後免除に引き続く9か月(産前産後と合わせて最大13か月) |
| 年金額 | 納付したものとして老齢基礎年金に反映 |
| 付加保険料 | 育児免除期間中も納付できる |
見落とされそうな点を3つ。
- 第1号被保険者であれば夫婦ともに対象です。父親側も申請できます
- すでに納付済みの期間や、免除・納付猶予・学生納付特例が承認済みの期間も、届出により育児免除期間として扱われます。納付済みの保険料は充当または還付されます
- 第3号被保険者(会社員に扶養されている配偶者)は対象外です
施行前から子を育てている場合も、2026年10月以降の月分が対象になります(例:出産日が2026年1月なら、2026年10月〜12月の3か月分)。
マイクロ法人の役員は第1号被保険者ではない(厚生年金の第2号被保険者)ので、この制度の対象ではありません。法人側は産休期間の社会保険料免除が別にあります。
まとめ
| 個人事業主(国保・国民年金) | マイクロ法人の役員(協会けんぽ・厚生年金) | |
|---|---|---|
| 出産育児一時金 | あり | あり |
| 出産手当金 | なし(国保法58条2項の任意給付) | あり(産前42日・産後56日。報酬が出ていると不支給) |
| 育児休業給付 | なし | なし(雇用保険の被保険者でないため) |
| 国民年金の産前産後免除 | あり(4か月・多胎6か月、年金額に反映) | 対象外(第2号被保険者のため) |
| 国民年金の育児免除(2026年10月〜) | あり(最大12か月・実母は最大13か月) | 対象外(同上) |
| 国保料の減額 | あり(自治体の条例による) | — |
「独立したら何もない」は正確ではありません。 もらう制度は薄いが、払わない制度はある。そして2026年10月からは、自営業の育児期間を正面から見た制度が加わります。
いずれも届出をしないと適用されないのが共通点です。出産予定日が決まったら、市区町村の窓口で年金と国保の両方を確認するのが確実です。
出産・育児以外も含めて「会社を辞めると何が消えるのか」を1枚の表にしたものがひとり社長のセーフティネット全体図です。国が用意している制度の全体像はひとり社長が使える国の制度 全体マップに、病気で働けなくなったときの話は傷病手当金の記事にまとめています。
よくある質問
個人事業主に出産手当金はありますか?
市区町村の国民健康保険では、出産手当金は国民健康保険法58条2項の任意給付とされており、条例で常設している自治体はほとんどありません。そのため事実上受け取れないのが実情です。一方、出産育児一時金は同条1項で「行うものとする」とされた必須の給付なので、個人事業主にもあります。
マイクロ法人の役員は産休中に出産手当金をもらえますか?
健康保険の被保険者であれば対象になります。ただし健康保険法108条2項により、報酬の全部または一部を受けられる期間は出産手当金が支給されません。産休中も役員報酬を支払い続けていると受け取れないため、報酬の扱いとセットで検討する必要があります。
国民年金の産前産後免除を受けると、将来の年金は減りますか?
減りません。日本年金機構は、産前産後期間の免除制度について「保険料が免除された期間」も保険料を納付したものとして老齢基礎年金の受給額に反映されると説明しています。申請免除や納付猶予とは扱いが異なります。
2026年10月から始まる育児免除は誰が対象ですか?
1歳になるまでの子を養育する国民年金第1号被保険者の実父母・養父母が対象で、所得要件はありません。子と親子関係が継続していること、子と同一住所であることが要件です。第1号被保険者であれば夫婦ともに対象になります。第3号被保険者は対象外です。
ひとり社長でも育児休業給付は受けられますか?
受けられません。育児休業給付は雇用保険の給付であり、個人事業主本人も法人の役員も雇用保険の被保険者ではないためです。この穴を保険料免除の形で埋める措置として、2026年10月から国民年金の育児免除制度が始まります。
免責と一次ソース
この記事は制度の一般的な解説です。実際の受給可否・免除の額や期間は個別の事情や自治体の条例によって変わります。具体的な判断は加入先の保険者・年金事務所・お住まいの市区町村にご確認ください。 当サイトは申請の代行・事務代理、および保険商品の募集・仲介は行いません。
- 健康保険法(e-Gov法令検索) — 101条(出産育児一時金)・102条(出産手当金)・108条2項(報酬との調整)
- 国民健康保険法 第58条(e-Gov法令検索)
- 地方税法 第703条の5第3項(e-Gov法令検索)
- 国民年金法 第88条の2(e-Gov法令検索)
- 国民年金の産前産後期間の保険料免除制度について(厚生労働省)
- 国民年金保険料の産前産後期間の免除制度(日本年金機構)
- 令和8年(2026年)10月から国民年金保険料の育児免除制度が始まります!(日本年金機構)