個人事業主とマイクロ法人、どっちで始めるかで法人化を見送った——あるいはまだ個人事業主でいく。その選択には、あまり語られない代償があります。
個人事業主の老後の年金は、会社員より薄い。
会社員(厚生年金)は、国民年金(老齢基礎年金)に厚生年金が上乗せされます。一方、個人事業主は国民年金だけ。満額でも老齢基礎年金は月にして7万円弱です。これ1本で老後を賄うのは、現実的ではありません。
ただし、悪い話ばかりではありません。国民年金の「第1号被保険者」だけに許された、上乗せの選択肢が3つあります。会社員(第2号)は使えない、個人事業主の特権です。
- 付加年金(月400円)
- 国民年金基金
- iDeCo(個人型確定拠出年金)
この記事は、この3つを「コスト・リスク・お金の拘束」で整理し、意外と知られていない組み合わせのルールまで1枚にまとめる地図です。
まず大前提 — 土台(国民年金本体)を納めていること
上乗せの話に入る前に、絶対に外せない前提があります。
付加年金も国民年金基金も、「国民年金保険料をきちんと納めている」ことが条件です。
資金繰りが苦しくて国民年金保険料を免除・猶予してもらっている個人事業主は少なくありません。その状態では、付加年金にも国民年金基金にも入れません(iDeCoも第1号としての加入資格に影響します)。
順番は「本体 → 上乗せ」です。 まず国民年金本体を納められる状態を作る。上乗せはその次です。この記事は、本体を納めている人向けの話だと思ってください。
① 付加年金 — 月400円、2年で元が取れる「最強コスパ」
いちばん地味で、いちばん割のいい制度です。
- 掛金:国民年金保険料に月400円を上乗せするだけ
- もらえる額:「200円 × 納付した月数」が、老齢基礎年金に毎年上乗せされる(終身)
数字で見ると異常さが分かります。仮に20年(240か月)納めると——
| 金額 | |
|---|---|
| 払った総額 | 400円 × 240か月 = 96,000円 |
| 毎年もらえる上乗せ | 200円 × 240か月 = 年48,000円 |
払った96,000円は、受給開始からたった2年で回収できます。あとは生きている限りずっと、毎年48,000円が上乗せされ続ける。これほど確実に元が取れる公的制度は、他にありません。
「個人事業主になったら、まず付加年金」と言われるのはこのためです。手続きも市区町村の窓口で申し込むだけです。
付加年金の弱点
- 金額が固定(物価スライドがない)。インフレには弱い
- 上乗せ額の絶対値は小さい(老後を支える主力にはならない)
- 後述する国民年金基金とは、同時に入れません
つまり付加年金は「主力」ではなく「まず押さえておく最小の一手」です。
② 国民年金基金 — 終身年金を自分で作る(ただし解約できない)
「運用は自分でやりたくない。でも国民年金だけでは不安」——そういう人向けの、確定給付の上乗せ年金です。
- 掛金上限:月68,000円(※後述のiDeCoと共通枠)
- 税制:掛金は全額が社会保険料控除
- 構造:口数制。1口目は終身年金(一生涯もらえる)から選ぶ。2口目以降は終身・確定を組み合わせられる
- 予定利率:加入時の利率で確定(近年は年1.5%程度)
最大の魅力は、自分で「終身年金」を作れること。iDeCoのように運用商品を選ぶ必要がなく、加入時にもらえる額がほぼ確定します。運用の知識も手間も要りません。
国民年金基金の弱点 — 流動性ゼロ
代わりに、大きな制約があります。
原則、途中で解約して現金化できません。
掛金の減額や口数の減らしはできますが、「まとまったお金が必要になったから解約して引き出す」ということができない制度です(脱退一時金はありません)。小規模企業共済の任意解約や契約者貸付のような逃げ道がない。
さらに確定給付ゆえに、加入後の物価上昇(インフレ)で実質価値が目減りするリスクを、加入者が負います。予定利率が固定だからです。
そして冒頭で触れたとおり、付加年金とは同時に入れません(国民年金基金に入ると付加保険料は納められない。基金の1口目に付加年金相当が含まれる設計のため)。
③ iDeCo — 自分で運用する。上限は大きいが60歳まで動かせない
3つめはiDeCo。個人事業主(第1号)の上限は月68,000円と大きく、掛金は全額所得控除です。
国民年金基金との最大の違いは、自分で運用商品を選ぶこと。うまくいけば基金の予定利率を上回りますが、元本は変動し、加入時・運用中・受取時に手数料がかかります。そして、
原則60歳まで、1円も引き出せません。
この「流動性の低さ」は、キャッシュフローの読みにくいひとり社長にとって税率の差より重いことがあります。iDeCo単体の詳しい論点(法人化すると枠が3分の1になる話、2026年12月の改正、出口課税)は、小規模企業共済とiDeCoは併用できるにまとめました。
なお、iDeCoでどの商品を選ぶべきかは投資判断の領域です。当サイトは制度の構造を説明するのみで、運用の助言は行いません。
【最重要】組み合わせの3つのルール
ここが、この記事でいちばん持ち帰ってほしい部分です。3つは自由に全部盛りできません。
ルール1:付加年金と国民年金基金は「排他」
どちらか一方しか選べません。国民年金基金に入るなら、付加年金には入れない(入れる必要もない)。
ルール2:国民年金基金とiDeCoは「枠を共有」
両方に入れますが、掛金の合計が月68,000円まで。国民年金基金に4万円かけたら、iDeCoは残り2.8万円まで、という具合です。それぞれ独立して68,000円ずつ、ではありません。
ルール3:付加年金を納めると、iDeCoの枠が少し減る
付加保険料(月400円)を納めていると、iDeCoの上限は月67,000円になります(68,000円枠から付加分を差し引き、iDeCoは1,000円単位のため)。
結局、現実的な組み合わせは2パターン
| パターン | 中身 | 向いている人 |
|---|---|---|
| A:付加年金 + iDeCo | 月400円+iDeCo最大67,000円 | 運用は自分でやりたい。付加年金でコスパも取る |
| B:国民年金基金(+iDeCo) | 合算で月68,000円まで | 運用したくない。終身年金を確定で作りたい |
AとBは、付加年金と国民年金基金が排他なので混ざりません。 まず「運用を自分でするか(iDeCo寄り)/したくないか(基金寄り)」で大きく分かれる、と考えると整理できます。
さらに上に「もう1枠」——小規模企業共済は別枠
ここまでの月68,000円は、あくまで年金の上乗せ枠の話です。個人事業主にはもう一つ、完全に別枠の制度があります。
小規模企業共済(月70,000円)は、この68,000円とは別。フルに使えば、
小規模企業共済 70,000円 + 年金上乗せ 68,000円 = 月138,000円(年165.6万円)まで、すべて所得控除
もっとも、これは「めいっぱい積める人」の理論値です。月13.8万円を老後までロックできるひとり社長は多くありません。 大事なのは、補助金の後払いや事業投資に回す手元資金を痩せさせないこと。老後の備えは、事業が回る範囲で、が鉄則です。
選ぶ順番(ひとり社長の現実解)
- 国民年金本体を納められる状態にする(免除中なら、まずここ)
- 付加年金を押さえる(月400円・2年で回収・終身)。※基金に入るなら不要
- 運用したくない・終身年金がほしい → 国民年金基金(付加年金の代わり)
- 運用したい・もっと積みたい → iDeCo(基金と合算68,000円/付加と併用なら67,000円)
- さらに余裕があり、流動性も欲しい → 小規模企業共済(別枠・任意解約や貸付あり)
「守り」の全体像の中での位置づけ
年金の上乗せは、ひとり社長が使える国の制度でいう「備え」にあたります。攻め(補助金)・守り(共済)・つなぎ(融資)と合わせて、初めて土台が完成します。
そして全部に共通する注意——どれも「節税」ではなく「課税の繰延べ」です。付加年金以外は、受け取るときに課税されます。積むときの控除だけを見て決めないでください(詳しくは小規模企業共済とiDeCoの「出口」の項)。
まずは攻めの側、あなたが今出せる補助金があるかから確かめるのもおすすめです。備えは利益が出てからでも遅くありません。
本記事は一般的な情報提供であり、個別の税務・投資・年金加入の助言ではありません。掛金の上限・予定利率・税制・加入資格は改正されます(iDeCoは2026年12月の改正で拠出限度額が引き上げられます)。加入資格や免除の状況によって使える制度は変わります。必ず一次情報(日本年金機構・国民年金基金連合会・iDeCo公式・国税庁)をご確認のうえ、具体的な判断は社会保険労務士・税理士・ファイナンシャルプランナー等の専門家にご相談ください。当サイトは申請書類の作成代行は行いません。